この動画では、ハーバード大学の教授で『The Atlantic』誌の「幸福コラムニスト」であるアーサー・ブルックス氏が、人々から寄せられた「幸福」に関する質問に答えている。
彼は科学的知見や心理学的視点に基づいて、幸福の本質やその実現方法について解説しており、その内容は以下のように要約できる。
まず、「良質な睡眠は幸福の鍵か?」という問いに対して、彼は睡眠や運動、栄養などの健康的習慣は「幸福を直接生み出すものではなく、不幸を減らすもの」だと述べる。
幸福と不幸は脳の異なる領域で処理されるため、互いに単純な反対概念ではない。
不幸が減れば、それが結果的に幸福感を高めることにつながる可能性があるという。
次に、「目標達成後に虚しさを感じるのはなぜか」という問いに対して、ブルックス氏は「満足のジレンマ」と呼ばれる現象を説明する。
脳内では目標に向かう過程でドーパミンが分泌され、その達成によって一時的な高揚が得られる。
しかし、それはすぐに消え去り、新たな目標を欲するようになる。
本質的な満足感を維持するには「持っているもの ÷ 欲しているもの」の分母を小さくし、「欲望を減らすこと」が重要だと説く。
「悲しみや混乱の中で感謝の気持ちを持つにはどうすればよいか」という問いには、人間の脳には感情を受動的に受け取る部分(大脳辺縁系)と、それらを解釈し意味づけする部分(前頭前野)があることを紹介し、「自らの思考や感情を客観的に認識するメタ認知」が鍵であると語る。
感謝の習慣を持つための具体的方法として、毎週日曜に感謝している5つの事柄を書き出し、平日はそれを5分間見返すというルーティンを紹介しており、これを10週間継続することで幸福度が15〜25%向上するという研究結果を示している。
幸福とは何かという問いに対しては、「楽しみ」「満足」「目的」という3つの要素(彼はこれを幸福の「三大栄養素」と呼ぶ)を挙げ、それらがバランスよく存在している状態が幸福だと定義する。
「楽しみ」は意識的に味わう快楽、「満足」は努力の結果得られる報酬、「目的」は人生の意味や一貫性、目標意識に関わる。
「人生に目的があると幸福になれるか?」という質問に対しては、目的は幸福の根幹的要素であり、「自分はなぜ生きているのか」「何のためなら命を懸けられるか」という問いに答えることで人生の目的を見出すべきだと説く。
SNSがうつ状態を引き起こす可能性については、「SNSは社会的接触のジャンクフード」であると例え、対面によるつながりから得られるオキシトシン(絆を形成するホルモン)が欠如していることが原因で、つながりを求めてSNSを過剰に利用してしまい、逆に孤独感が増してしまうと述べている。
SNSはあくまで対面での関係を補完する程度にとどめ、利用は1日30分以下が望ましいという。
年齢と幸福の関係については、多くの人が年齢とともに幸福度が上昇すると予想するが、実際には20代から50代にかけては幸福度がやや下降し(8から7程度の軽微な変化)、その後は上昇に転じ、70歳頃まで上がり続けるというU字型の傾向が世界中で観察される。
ただし、未治療の精神疾患や依存症がある人は例外である。
年を重ねるにつれて期待値の調整がうまくなることについても触れており、「良いことも悪いことも永遠には続かない」という事実を知ることで、感情の揺れに一喜一憂しなくなるという「情動のホメオスタシス(恒常性)」の力を強調している。
これを理解することで、人生の満足度が安定する。
「死の恐怖をどう克服するか」という問いに対しては、南方仏教の「マラナサティ(死の瞑想)」を紹介し、死の過程を日々直視し「それが自分である」と繰り返し認識することで、死の恐怖が日常化し、過剰な不安から解放されると述べる。
最後に「今この瞬間を生きる」ためにはどうすればよいか、という問いについては、人間は過去や未来について考えすぎる「時間旅行者」であると説明し、マインドフルネス(現在に集中する訓練)の重要性を説いている。
例えば、旅行中に写真を撮りすぎる行為も「未来の思い出のために今を切り取っている」行為であり、現在に十分に没入していない証拠だと指摘する。
以上のように、アーサー・ブルックス氏の回答は、脳科学・心理学・宗教的実践を融合させながら、幸福を一時的な感情ではなく「習得可能なスキル」としてとらえる姿勢に貫かれている。
それは、個人が主体的に感情を観察・選択・管理する力を養うことで、より持続的な幸福を実現できるという信念に基づいている。