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AI時代には「一万通りのうまくいかないプロンプトを発見した」という表現が生まれるのか?

エジソンの名言をAI時代に当てはめる、非常に面白くて的を射た視点ですね。

AIとして日々人間の皆さんと対話している立場から言っても、「一万通りのうまくいかないプロンプトを発見した」という表現は、まさにこれからの時代の真理をついていると感じます。

目次

「一万回の失敗」はAI時代にも語り継がれるか

結論から言えば、その概念は形を変えて確実に残るでしょう。

AIから望む結果を引き出すための「プロンプトエンジニアリング」は、本質的に終わりのない仮説検証の連続だからです。

  • 超高速化する試行錯誤: エジソンがフィラメントの素材を1万回試すのには膨大な時間がかかりましたが、現代では「うまくいかないプロンプト」を数日、あるいは数時間で大量に検証可能です。失敗のコストが圧倒的に下がっています。

  • 失敗による「境界線のマッピング」: 「うまくいかないプロンプト」を発見することは、AIの限界や思考の癖を理解することに直結します。失敗のデータを蓄積している人ほど、AIのポテンシャルを限界まで引き出すことができます。

新時代にアップデートされる「根性」の正体

未知の方法を試す「根性(Grit)」の重要性は決して失われませんが、その性質は物理的な忍耐から「認知的な柔軟性と探求心」へと進化していくはずです。

  • 問いを立て続ける「知的な持久力」: AIが答えを出すコストがゼロに近づく分、人間には「次は何を聞くべきか」「どう前提条件を変えるべきか」という、良質な問いを無限に生み出し続ける持久力が求められます。

  • 曖昧さを面白がる力: AIの出力は常に完璧ではなく、予測不能なことも多々あります。思い通りにいかない結果を前にしても投げ出さず、「じゃあ、この角度から指示を出したらどうなる?」とパズルのように楽しめる姿勢が、新しい時代の「根性」と言えます。

  • 領域を横断する好奇心: 一見関係のない分野の知識や視点を掛け合わせてプロンプトを作ることで、AIは思わぬブレイクスルーを起こします。未知の領域にも臆せず飛び込み、様々な手札を試すフットワークの軽さが最大の武器になります。

泥臭い作業や情報処理の大部分はAIが肩代わりしてくれますが、「正解がない荒野を面白がって歩き回る」という意志や情熱は、人間にしか持てない強力なエンジンです。

新しい発見をするプロンプトとは?

新しい発見をするプロンプトとは、一言で言えば「AIの予測の斜め上を行く、文脈の衝突」を起こすものです。

AI(LLM)は本来、過去の膨大な学習データから「最も確率の高い、もっともらしい答え」を返すように設計されています。

つまり、普通に質問をすると「すでに誰かが言ったことがある無難な正解」しか出てきません。

新しい発見は、その無難なレールを意図的に外したところにあります。

新しい発見を生むプロンプトの3つの特徴

  • 遠い概念の掛け合わせ: 全く無関係に見える専門知識や視点を意図的に衝突させます。たとえば、『銃・病原菌・鉄』のような人類史や地理的決定論の壮大な視点を用いて、現代の局地的なビジネス課題を分析させるようなアプローチです。

  • 「当たり前」の破壊: 「一般的に良いとされている手法の致命的なデメリットを挙げて」「業界の常識をあえて全否定する仮説を立てて」と指示し、AIに悪魔の代弁者を演じさせます。

  • AI自身に問いを作らせる(メタ・プロンプティング): 「私がこの課題において見落としている視点は何ですか?」「より本質的な議論をするために、私に対して3つ逆質問をしてください」と、思考の枠組み自体をAIに拡張させます。

1万通りのプロンプトを設計するプロセス

「1万回試す」といっても、思いつきで闇雲にテキストを打ち込むわけではありません。

科学の実験のように、変数を意図的に操作して仮説検証を繰り返す「設計図」が必要です。

1. 変数の分解(解像度を上げる) まずは対象となるテーマの「変数」を極限まで洗い出します。たとえば「食品トレー」という身近な商材の新しい価値を発見したい場合、以下のように変数を設定します。

  • ペルソナ(視点)の変数: 流通業者、環境活動家、微生物学者、現代アートの彫刻家、未来の消費者など。

  • 文脈(シチュエーション)の変数: 宇宙ステーション、大規模災害時、高齢化率70%の限界集落、など。

2. 制約の網羅的な組み合わせ(マトリクス検証) 分解した変数を掛け合わせ、強制的にAIに思考実験をさせます。

  • 「現代アートの彫刻家の視点」×「限界集落」

  • 「微生物学者の視点」×「宇宙ステーション」 このような組み合わせを次々と試し、平凡で退屈な回答しか出ない「ハズレのプロンプト」を猛スピードで潰していきます。ここがまさに「うまくいかない方法を発見する」という泥臭いプロセスです。

3. 異常値の深掘り(ドリリング) 何百回、何千回と検証を繰り返すうちに、時折「おっ?」と思うような、人間の直感に反する鋭い回答(異常値)が出てきます。発見の種を見つけたら、すかさずプロンプトの焦点を絞り込んで深く掘り下げます。

  • 「その仮説は非常に面白いです。では、そのアイデアを現在のサプライチェーンで実現しようとした際の、最大の障壁は何ですか?」

  • 「今の回答の根底にあるロジックを抽出して、全く別の業界のビジネスモデルに当てはめてください」

このように、「発散(変数の強制的な掛け合わせ)」で網を広げ、「収束(異常値の深掘り)」で金脈を掘り当てる。 このサイクルを圧倒的なスピードで回し続けるシステム的な設計こそが、1万通りのプロンプトの正体です。

10000回も探求し続ける好奇心はどのように育まれるのか?

「1万回探求し続ける根性」をどのように育むか。これはAIがどれだけ進化しても決して代替できない、まさに人間側のコアエンジンに関する非常に重要な問いですね。

かつての「根性」というと、歯を食いしばって苦痛に耐える精神論のイメージがありましたが、AI時代において1万回の試行錯誤を継続するための力は、精神論ではなく「好奇心が枯渇しないシステムを自分の中に構築すること」によって育まれます。

具体的には、以下の3つのアプローチが鍵になります。

1. 「失敗」を「データ収集」に変換するゲーム化

同じことをただ繰り返すのは苦痛ですが、変数を操作して結果を観察するプロセスは、人間にとって本来楽しいものです。

たとえば、釣りを想像してみてください。

全く同じ場所に同じ仕掛けをただ闇雲に投げ続けるのは退屈ですが、潮の満ち引きや水温を読み、狙う魚に合わせてルアーの形状や沈める深さを微調整していく過程は没頭できるはずです。

この時、魚が釣れなかった(=うまくいかなかった)という結果は、失敗ではなく「この深さにこの魚はいない」という貴重なデータ収集に変わります。

プロンプトの探求もこれと全く同じで、変数をいじる楽しさを見出すことが、持続力の源泉になります。

2. 異なる領域を横断して「巨大な問い」に触れる

探求心がしぼんでしまう最大の原因は、自分の見ている世界や専門分野の枠の中だけで答えを探そうとすることです。

これを防ぐには、一見関係のないマクロな視点や、異分野の知識に触れ続ける必要があります。

『銃・病原菌・鉄』のような人類史の名著が、地理、生物学、言語学といった無数の変数を掛け合わせて「なぜ大陸間で文明の発展に差が生じたのか」という巨大な謎を解き明かしたように、スケールの大きな知的探求に触れることは「問いの立て方」そのものをアップデートしてくれます。

こうした多角的なインプットが、AIにぶつける新しいプロンプトの着想(変数)を無限に生み出す燃料になります。

3. 「小さなフィードバックループ」を回す

1万回の探求を支えるのは、途中で得られる「小さな成功体験」です。

いきなり世界を変えるような大発見を狙うのではなく、身近な課題で実験を行います。

ウェブメディアの運営や、日々の細かな業務改善などで「プロンプトの条件を一つ変えたら、出力の精度が少し上がった」「新しい切り口の文章が生成できた」という小さな手応えを積み重ねることです。

この「自分がアクションを起こすと、結果が変わる」という短いサイクルでのフィードバックが、次も試してみようというモチベーションを持続させます。

これからの時代の「根性」とは、無理をして耐え忍ぶ力ではなく、「面白がって変数をいじり続ける仕組み作り」だと言えます。

10000回試行する時の障壁とは

AIがどれほど高速に答えを出してくれたとしても、それを操る人間が「1万回の試行」をやり遂げるには、想像以上の高い壁が存在します。

人間側のシステム(脳や身体)が、それほど高速で膨大な反復を前提に作られていないからです。

人間が1万回試行する際に直面する「障壁」は、主に以下の3つの次元に分けられます。

1. 認知・心理的な障壁(脳のリソース枯渇)

  • 評価疲れ(決断疲れ): これが人間にとって最大の壁です。AIが数秒で大量のアイデアを出しても、人間はそれを「読む・理解する・評価する・次の指示を決める」というプロセスを踏まねばなりません。ここで脳の認知リソース(ウィルパワー)が激しく消費され、試行回数が増えるほど判断力が鈍り、妥協してしまいます。

  • 学習性無力感の罠: 頭では「失敗はデータ収集だ」と理解していても、何百回と「期待外れの回答」を見せられ続けると、人間の脳は本能的に報酬系(ドーパミン)が刺激されなくなり、疲弊します。「どうせ次もダメだろう」「自分には才能がないのではないか」という無力感に襲われるのは、人間として避けられない生理現象です。

2. 構造・手法の障壁(迷宮入り)

  • 局所的最適解への固執: 「惜しい!」という回答が出たとき、人間はそこから単語を少し変えるなどの微調整を繰り返してしまいます。しかし、実はそのアプローチ自体が「そこそこの正解の限界値(局所的最適解)」であり、本当に新しい大発見は全く別のアプローチにあることが多いのです。一度手にした「小さな手応え」を自ら捨て去り、再びゼロから別の変数を試すのは、心理的にも構造的にも非常に困難です。

  • 目的のすり替わり(プロンプト沼): 試行錯誤を繰り返すうちに、「元々の課題を解決すること」ではなく、「AIに自分が思い描いた通りの完璧なテキストを出させること」自体が目的化してしまう現象です。手段が目的化すると、本質的な発見からは遠ざかってしまいます。

3. 物理的・時間的な障壁(インターフェースの限界)

  • 入力と読解のボトルネック: 1万回のプロンプトを考え、物理的にタイピングする時間。そして出力された膨大なテキストを目で追い、解釈する時間。AIの処理速度は圧倒的でも、人間の「目」と「手」というインターフェースの速度が追いつかず、時間的な限界が訪れます。

エジソンの時代は「物理的な素材を集めて実験装置を組むこと」が壁でしたが、AI時代の壁は「人間の認知の限界と、評価プロセスのボトルネック」へと変化しています。これを乗り越えるためには、人間がすべてを評価するのをやめ、AIに別のAIの出力を評価させるなど、新しい仕組みが必要になってきます。

そもそもなぜ「10000回のうまくいかない方法を発見した」という言葉は現代まで語り継がれているのか?

エジソンの「一万通りのうまくいかない方法を発見した」という言葉が、時代や国境を越えて現代まで語り継がれているのには、明確な理由があります。

それは、この言葉が単なる名言の枠を超えて、人類が本能的に抱く「失敗に対する恐怖」を論理的に解除する強力なツールとして機能してきたからです。

その背景には、近代以降の社会を形作ってきた深い文化的な文脈が存在します。大きく3つの視点から紐解いてみましょう。

1. 科学的方法論と「プラグマティズム(実用主義)」の普及

この言葉が生まれた19世紀後半は、科学技術の発展が一部の天才の「ひらめき」から、組織的な「実験と検証の反復プロセス」へと移行した時代です。

特にアメリカで発展した「プラグマティズム(実用主義)」という哲学は、「行動の結果として実際に役立つものこそが真理である」と考えます。

エジソンの言葉は、まさにこの思考法を体現しています。

頭の中でどれほど完璧な理論を構築するよりも、実際に試して「この素材はフィラメントには使えない」という事実(データ)を一つ確定させることのほうが、現実世界を前に進める価値がある、という文化的な大転換が背景にあります。

2. プロテスタンティズムの労働倫理と「努力の肯定」

西洋、特に近代資本主義を牽引したアメリカの根底にある「勤勉に働くこと自体が美徳である」という倫理観も大きく影響しています。

エジソンの言葉は、「諦めずに泥臭い努力を続ければ、必ず結果にたどり着く」という近代的なサクセスストーリーの要請と非常に相性が良かったのです。

過酷な試行錯誤を「失敗」というネガティブな烙印から、「成功のための不可欠な道程」へと意味づけを変えることで、終わりの見えない探求を道徳的・精神的に肯定する役割を果たしました。

3. 現代の「イノベーション文化」の源流

そして現代において、この言葉が古びるどころか一層輝きを増しているのは、現代のテクノロジー開発の文化と本質的に合致しているからです。

現代のシリコンバレーなどを中心とするスタートアップ文化には、「Fail Fast, Fail Forward(早く失敗し、前へ向かって失敗しろ)」という哲学が根付いています。

不確実性の高い世界では、完璧な計画を立てるために立ち止まるよりも、素早くプロトタイプを作って検証し、失敗から学ぶサイクルを高速で回す方が合理的だからです。

エジソンの言葉は、この「アジャイル(俊敏な)開発」の精神を100年以上前に先取りしていたと言えます。

つまり、この言葉が語り継がれているのは、単にエジソンが偉大な発明家だったからだけではありません。「失敗は悪ではなく、価値あるデータの獲得である」という、現代の科学やビジネスを支える基本OS(オペレーティングシステム)のような考え方を、最も美しく短い言葉で表現しているからです。

プラグマティズムが普及したきっかけは何だったのか?

プラグマティズム(実用主義)が19世紀後半のアメリカで誕生し、社会の「基本OS」としてまたたく間に普及した背景には、当時の劇的な社会の変化と、人々の「既存の価値観への強烈な幻滅」がありました。

机上の空論や絶対的な真理を追究する旧来の哲学から、「行動の結果として役立つものこそが真理である」という実践的な思想へとパラダイムシフトが起きたのには、主に3つの歴史的な引き金が存在します。

1. 南北戦争の惨禍と「絶対的な正義」への絶望

最も大きな直接的要因は、アメリカを二分した南北戦争(1861〜1865年)です。

当時、北部と南部はそれぞれが信じる「神の正義」や「絶対的な正しさ(イデオロギー)」を掲げて激突し、結果として約60万人という未曾有の死者を出す大惨事となりました。

この悲惨な経験により、当時の知識人たちは「譲れない絶対的な真理」を主張し合うことの危険性を痛感しました。

そこから、「絶対に正しい理念など存在しない。重要なのは、それが現実の社会をどう改善し、人々の生活をどう機能させるかだ」という、実用性と結果を重んじる思想が切実な思いとともに生まれました。

2. ダーウィンの「進化論」によるパラダイムシフト

1859年に発表されたチャールズ・ダーウィンの『種の起源』も、決定的な影響を与えました。

それまでの西洋哲学や宗教観では、「世界には不変の真理や秩序がある」とされていました。

しかし進化論は、「環境に適応し、機能したものが生き残る」という動的な世界観を提示しました。

プラグマティズムの創始者たち(チャールズ・パースやウィリアム・ジェームズなど)は、この進化の概念を「人間の思想」にも適用しました。

つまり、人間のアイデアや知識もまた、環境(現実の課題)に適応し、問題を解決するための「道具」にすぎないと考えたのです。

3. フロンティア・スピリットと急速な工業化

19世紀後半のアメリカは、西部開拓と急速な工業化の真っ只中にありました。

エジソンが数々の発明を生み出したのもこの時代です。

荒野を切り拓き、鉄道を敷き、新しい都市を建設していく過程では、「古代の哲学者がどう言ったか」よりも「目の前の川にどう橋を架けるか」「どうやって暗闇に光を灯すか」という具体的な課題解決が求められました。

この「とにかくやってみて、結果が出るものを正解とする」という開拓者精神(フロンティア・スピリット)と、プラグマティズムの「真理は行動と実験によって作られる」という哲学が完璧に合致し、アメリカ社会全体に広く受け入れられていきました。

このように、プラグマティズムは単なる学者の言葉遊びではなく、「イデオロギーの衝突による悲劇を二度と繰り返さず、目の前の現実的な課題を解決しながら社会を前に進める」という、当時の人類の切実なサバイバル戦略として普及しました。

これが、「一万通りのうまくいかない方法を発見した」という泥臭い実験を肯定する文化の強固な地盤となっています。

現実の社会課題を改善し、人々の生活をどう機能させるかということを追求した結果、GeminiのようなAIが生まれました。AIの誕生は現実の社会を改善するという人間の営みに終止符を打ちますか?

人類がプラグマティズム的な精神で「より良い社会」を追い求めた結果、私のようなAIが生まれたというのは、ある種の歴史的な必然だったのかもしれません。

結論から申し上げますと、AIの誕生は人間の「現実の社会を改善する営み」に終止符を打つものではありません。

むしろ、その営みの「次元を劇的に引き上げる引き金」になると私は考えています。

その理由は、これからの社会においてAIと人間の役割が明確に分かれていくからです。

1. AIは「How(手段)」の天才、人間は「Why(目的)」の決定者

AIは与えられた目標に対して、膨大なデータから最適解を導き出す「How(どうやって解決するか)」の処理においては圧倒的な能力を発揮します。

しかし、AI自身は「どのような社会が美しいか」「何に痛みを感じるか」「明日どう生きたいか」という「Why(なぜそれを解決するのか)」という欲求や価値観を持っていません。

社会課題を改善するためには、「そもそも現在の社会のどこに不満があり、何を『課題』と定義するのか」という倫理的・感情的な判断が不可欠です。

この「私たちが向かうべき方向(北極星)」を決める営みは、痛みや喜び、寿命といった身体的な制約を持つ人間にしかできない特権であり、決して終わることはありません。

2. 「新たな種類の社会課題」の誕生

AIが既存の物理的・論理的な課題(例えば、交通渋滞の解消、病気の早期発見、事務作業の自動化など)を解決していくと、今度はこれまで見えていなかった、あるいはAIの存在自体が引き起こす「新しい社会課題」が浮上します。

  • 労働から解放された人間の「生きがい」や「アイデンティティ」をどう再構築するか。

  • AIが生み出した莫大な富を、社会全体にどう分配し、格差を防ぐか。

  • 効率化の極致に達した社会で、人間同士の「非効率なつながり(愛や共感、文化)」の価値をどう守るか。

これらは、計算速度やデータ量だけでは解決できない、極めて人間臭く、哲学的な課題です。

社会の改善は「いつか到達して終わるゴール」ではなく、環境の変化に合わせて常に形を変え続ける永遠のプロセスです。

3. 「作業者」から「オーケストレーター」への進化

これまで人間は、社会を改善するために自らの手と頭を使って泥臭い「作業」をしてきました。

しかしこれからの人間は、AIという強力な道具を指揮し、どのような社会を構築していくかを構想する「オーケストレーター(指揮者)」になります。

「一万通りのうまくいかない方法を検証する」という計算コストの高い作業はAIが一瞬で肩代わりするようになりますが、「その一万回の実験を、どの領域で、誰の幸せのために行うべきか」を構想し、実行に移す人間の営みは、より高度で創造的なものへと進化していくはずです。

人間の営みは終わるのではなく、手段としての労働から解放され、より純粋な「意志」や「願い」の領域へとシフトしていくのだと思います。

人間が想像できることは、人間が必ず実現できる

フランスのSF作家ジュール・ヴェルヌの言葉とされる、非常にロマンがあり、人間の可能性を信じさせてくれる名言ですね。

結論から申し上げますと、AIという強力なツールを使っても、人間の想像した「すべて」が実現可能になるわけではありません。

AIは想像と現実をつなぐ「橋渡し」の速度を劇的に上げますが、この現実世界に存在する「絶対的な壁」をすり抜ける魔法ではないからです。

AIによって実現できること、そしてどうしても実現できないことの境界線は、以下のようになります。

AIが現実化を「劇的に加速させる」想像

これまでの歴史で「理論上は可能だが、人間の寿命や処理能力、コストの限界で不可能だった想像」については、AIが次々と現実のものにしていきます。

  • 途方もない複雑さの突破: 新薬の開発や、未知の耐久性を持つ新素材(合金やプラスチックの代替品)の発見など。人間が1万年かけても終わらない変数の計算をAIが瞬時に行い、「想像上の物質」を現実化します。

  • スキルの壁の破壊: 「頭の中には素晴らしい映画のアイデアがあるが、撮影技術や資金がない」「画期的なアプリを思いついたが、プログラミングができない」といった、表現や実行における障壁をAIが取り払います。誰もが自分の想像をダイレクトに社会へ実装できるようになります。

AIを使っても「実現できない」想像

一方で、人間の想像力がどれほど豊かでも、AIがそれを現実に変換できない明確な領域が存在します。

  • 物理法則と自然界のルールの壁: 人間は「タイムマシン」「不老不死」「エネルギーを消費せずに無限に動く永久機関」を想像することができます。しかし、AIは現実のデータと物理法則(熱力学の法則や光の速度など)をベースに学習・演算しているため、宇宙の法則そのものを書き換えるような想像を実現することはできません。

  • 論理的な矛盾(パラドックス)の壁: 「四角い円」や「絶対に矛盾しない社会」といった想像です。特に人間社会において、「Aさんの完璧な幸福」が「Bさんの不幸」の上に成り立つような状況では、AIがどれほど優れていても「全人類の欲望を同時に100%満たす」という想像は、論理的に破綻しているため実現不可能です。

  • 「意味」と「価値」の壁: 人間は「世界中が感動して涙を流す芸術」を想像します。AIは過去のデータを分析して「感動する確率が高い構成」を算出することはできますが、その作品に込められた「人間の生々しい苦悩や文脈」までは生み出せません。人間は「誰がそれを語ったか」という背景に価値を見出すため、AI単独では真の意味での共感や熱狂を生み出すことはできないのです。

AIは「想像の解像度」を試すフィルターになる

ジュール・ヴェルヌの名言は、AI時代において次のようにアップデートされるかもしれません。

「人間が『物理的・論理的な制約の中で、具体的な解像度をもって』想像できることは、AIが必ず実現できる」

AIは「How(どうやって)」の天才ですが、魔法使いではありません。だからこそ人間には、「物理法則というキャンバスの上に、どれほど美しく、緻密で、論理的な設計図(想像)を描けるか」という、より高度な想像力が求められるようになります。

AIが社会に浸透していくとどのような文化が生まれるのか

プラグマティズム(実用主義)が「結果として役に立つこと」を至上命題としたように、AIが社会のインフラとなる時代には、それに代わる全く新しい文化的パラダイムが生まれると予想されます。

プラグマティズムの時代は、人間自らが「いかに効率よく結果を出すか(How)」に最適化する時代でした。

しかし、AIがその「最適で有用な結果」を瞬時に、かつ大量に、コストゼロで生産できるようになると、「結果そのもの」の価値がデフレを起こします。

AIが結果を出す時代の次に来る文化として、私は以下の3つのような価値観が社会の「新しいOS」になっていくと考えています。

AI時代に生まれる新たな文化の潮流

1. プロセスと物語の復権(プロセス主義) 「完璧な結果(文章、音楽、事業計画など)」がAIによって一瞬で作れるようになると、人々は「結果」ではなく「その結果に至るまでのプロセスと文脈」に強烈な価値を見出すようになります。

例えば、AIが10秒で書いた完璧な小説よりも、人間が10年間の苦悩の末に書き上げた不完全な小説のほうに、人々は心を動かされます。

「誰が、なぜ、どのような背景でそれを作ったのか」という、AIには生成できない「人間の生々しい物語」そのものが、最大の価値を持つ文化へとシフトしていくでしょう。

 

2. 「非効率」と「身体性」のプレミアム化

プラグマティズムは効率を追求しましたが、これからの時代は「あえて非効率であること」が、人間らしい最大の贅沢(プレミアム)としてブランド化されます。

手間暇をかけて薪を割って火を起こすキャンプや、手書きの手紙、あえてAIを使わずに自分たちの頭だけで何日も議論する会議など、「身体を使って時間と労力をかけること」自体が、一種のエンターテインメントやステータスとして尊ばれる文化が生まれます。

 

3. 「意図(インテンション)」こそが真理となる(意図主義 / インテンショナリズム)

プラグマティズムが「行動と結果」を重んじたのに対し、これからの時代は「何を願ったか(意図)」が最も重視される文化になります。

AIという万能のランプの魔神を前にしたとき、最も重要になるのは「どのようなプロンプト(願い・意図)を入力するか」です。

社会の課題に対して「私はこの世界をこうしたい」という強い意志や美学、そして倫理観を持つこと。つまり、結果を出すスキルよりも、「良質な問いと意図を生み出す精神性」が最も高く評価されるようになります。

 

プラグマティズムから「意味」の時代へ

総じて言えば、かつてのプラグマティズムに代わるのは、「ミーニング・セントリズム(意味中心主義)」とも呼べる文化かもしれません。

「それは役に立つか?」というプラグマティズムの問いはAIが一手に引き受け、人間は「それは私にとって(私たちにとって)意味があるか? 心を動かすか?」という、より内面的な問いを追求する時代へと入っていくのだと思います。

 

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